海外現地採用の”現実、末路、闇”は本当?ー海外に10年住んだ経験から実態を語ります。

 
海外就職、ワーキングホリデー、留学…
テレビやオンラインでも話題になることの多い海外生活関連情報。

最近では、ボンビーガールで英語なしでもマレーシアでセレブ生活といった内容の放送があったり

東南アジアで英語格安留学、特別な経歴がなくても海外で快適生活
ワーキングホリデーからの海外移住などなど、さまざまな魅力的なお話を聞くこともあります。

このような話題が大きくなってくると、必ずその”裏側”のお話が出てきます。
メディアで出てくるこれらの実態はこうだ。末路はこうだ。あれは誇張だ。という投稿をよく見ることもあります。

”一見いい生活に見えるけど未来はない、再就職はできない、この暮らしは実はこんな苦悩だらけで結局何も生まない”のような内容は情報収拾をするうちに見つかる内容でもあります。

7年前、1年のマレーシアの留学から帰ってきたばかりの時、
本気でマレーシア移住を目指して日々奔走していました。

5年前、ニュージーランドでの就職を挑戦すると決めた時、
ワーホリを利用して海外で働くことの実態の情報を集めていました。

その時からすでに、現地採用、ワーホリの”末路”のお話はネットにも溢れかえっていて

”どっちが本当なの?”と困惑し、頑張って振り絞った勇気がどんどん吸い取られ、期待と不安が入り組んで何が正しいのかわからなくなったこともありました。

そこで今日は、巷にあふれる”美味しい話”と”現実、末路の話”の実態について
海外に住んで現地採用で働くいう生活を2か国、計10年経験して

私なりにそれらの光と闇、誇張と真実、実態と自分の目に映る現実を通して、”どっちが本当なの?”の疑問にお答えします。

今回は、マレーシア現地採用の内容を中心にお話ししますが、正直どこにでも当てはまるかなとは思います。

目次

海外での生活、光も闇もどっちも”盛りすぎ!”

未知の世界の実態をするには、経験談を探すのが早い。
そうすると、このように対局した情報が目立ちます。

”東南アジアの物価は安いので、簡単な仕事でセレブ生活ができる”
”コールセンターや事務手伝いでも贅沢な生活ができる”
”英語なしでも現地採用可能。キャリアアップの幅も広がる”
”海外で身についた英語や職歴で、今後はこんな未来が待っている”
”ワーホリからも現地での就労、永住権が取れる!英語が身につきキャリアアップも!”

そして、その対局として

”物価は安いが給料も安く、結局いい暮らしとは言えない”
”簡単な仕事は掃き溜めなので結局路頭に迷う”
”甘い文句で誘うのは人手不足だから、結局数年で絶望して先はない”
”結局日本人なので、現地の安いお給料と日本の激務で板挟みにされ数年で捨てられる”
”ワーホリはただの海外フリーター、社会から見放され帰国後再就職先はない”

このような対局した意見が羅列されますが、
結論から言うと、どっちも盛りすぎ!!

これらで紹介される例、どちらも最高にいい事例ととんでもなく悪い事例の両端なんですよね。

実際に多くの人に現地で会ってみると、ほとんどの人はその2つの例の真ん中にいますし、生活環境もだいたいその真ん中くらいの水準が保たれています。

そしてこれが”ふつう”すぎるので、あまり表に出てこないのもまた極端な事例ばかりが目につく原因かなとも思います。

期待のしすぎも心配のしすぎも必要ない、両方の事例の真ん中くらいで想定するといいかもしれません。

”東南アジアの物価は安いからセレブな週末は過ごせるけど、平日は地元民のごちゃつく安食堂で質素なランチとディナーです”
”英語なしでも現地採用は可能だけど、英語を知らないと足元見られる可能性があるので勉強するとキャリアアップになる”
”ワーホリから永住権もできる。ただ、家でじっと座っているだけじゃそのチャンスは舞い込んでこない”

極端な例をかいつまんでも”物価のおかげでセレブ生活はできたけど、キャリアアップは難しかった(またはその逆)”という場合もあるよ。ということなのです。

このようにしてみると、光も闇もどちらか片方に放り込まれることがいかに”盛りすぎ”かがお分かりいただけるでしょうか。
これらの事例は、どちらも盛られた端っこの例で、そうじゃないからと対極に放り込まれることもないのです。

”正しいほう”は無い。全部同じ空間に絡まっているのが現実

このように、光と闇で白黒つけるのは正直決めつけ…というか当てつけんじゃないかな。と思います。
理想と現実、光と闇、夢と末路。このように2つに線引きしてしまうから”じゃあ、どっちなの?”となるのです。

想像する理想と現実がこうだとすると…

実際の生活と現実はこんな感じになります。

どっちなの?じゃなくて、どちらも同じ空間にごちゃ混ぜになっていて、切り離せない、住み分けられないんです
 
それを片方の意見でねじ込むのって、ラクなんです。2択にすると、このごちゃ混ぜを全部知らない状態で結論が下せるから。

例えば、東南アジアにいくと日本人というだけでモテる、ちやほやされるという怪奇現象がほぼ必ず起きます。
<男性・女性共通>東南アジアで日本人はモテるので準備しておきましょう(マレーシアで目撃)

これもまた、”みんなに可愛がってもらえる”というメリットと、
”変な人にいっぱい言い寄られて、結局人間関係で消耗する”というデメリットもあるのです。

1つの事例だけ切り取ってみても、どう捉えるかで事実は大きく変わるのです。

ただ、仕事も生活も人も、数個の特徴をかいつまんで、それを万人にあう一言でまとめて、正誤の判断を下すって、不可能なんです。
じゃあ、どっちなの?と迷ってしまったら、どちらも起こる、その真ん中が起こることを想定に入れてみてください。

知らない世界なので、極端な2つの事例の真ん中と言われると難しく、想像がつかずに苦しいかもしれません。
ただ、たくさんの真ん中から自分の心地の良い場所を選べる権利もあることは忘れずに挑戦への手がかりを探してみてください。

闇を吹き飛ばす光があるか。光を飲み込む闇があるかは自分の欲しいもので決まる。

それでも極端な例が目立ったり、経験談から賛成、反対を下す違いは何なのでしょうか?

私が実際に10年過ごして現段階で出ている答えは、”自分の欲しいもので決まる”になってしまいます。

ざっくりしすぎているので、マレーシアの具体例を出して解説します。

私は、小さい頃から思ったことはなんでも言ってしまう、自分の意見を”これがみんなの意見だから”じゃ理解できない性格でした。

そんな性格ですので、なぜ自分が間違っているのかわからないまま怒られることも多く、
周りの言う”正解”に自分をどうやって修正すればいいかわからず、人と話すことを放棄して高校も中退となりました。

フリーター時代、仕事もろくに続きませんでした。大学に進学しても定職は絶望的と自他共に認めていました。

そんな私に何を言っても思っても許され、いい意味で放っておいてくれる環境(ただし誰も責任は取らない)はむしろ天国でした。

マレーシアには、3つの主要人種と宗教、200以上の民族グループが同じ国民の中にあります。

混沌とした多様性の中で、一般論が個人で違う環境の中で、好きなことを言っても怒られない環境が手に入りました。

人生嫌になるほど自分が嫌いになった時は、ぜひマレーシアへ。

その自由の光が大きすぎて、同じ空間に存在するその対極の

”みんな言ってることが違って話が進まない”
”人がテキトーすぎる。遅刻やコミュニケーションの不一致が多い、衛生面も雑すぎる”
”終身雇用がないので、一社で安定ではなく転々とすることが多い”

デメリットは確かに日常レベルに存在していました。ただ、これらが純粋に”あまり気にならない”から、闇がうまく見えなかったのです。

そんな人からすれば、”マレーシア現地採用は最高!デメリットなんてほぼなかった!みんなもやろうよ!”となるのです。

逆に、阿吽の呼吸、鶴の一声で全てが完璧に動く環境が快適な人にとって、何を言っても許される環境が必要のない人にとって

闇の部分が大きすぎて、光がうまく見えないので”最悪だった。現実はひどいものだ。簡単に決断してはいけない”となるのです。

好きな国で住むこともまた闇を吹き飛ばす大きな光になります。
自分のできることからの選択も大切ですが、そこに憧れの場所や文化があるなら、その中で住んでいるという事実が大きなモチベーションにもなるのです。

自分が何が欲しいのか、行き着く先はどんなところなのか

やってみないとわからないことも多いなかでも、それらを少し知っておくだけでもこれからの生活が自分にどう映るかの手がかりとなるはずです。

まずは、どこでどんなライフスタイルを送りたいかをゆっくり考えてみてはいかがでしょうか?
※2023年、ニュージーランドに移住して5年が経ちましたが、ニュージーランドでも全く同じことが言えます。

自分の目で見たものが現実、長い人生、末路を語るのはまだ早いのでは?

そもそも、この”末路”という言葉でこれから広がる世界や未来を成功や失敗で推し量ること自体
それ、ほんとかな?という感じがします。

マレーシアでもニュージーランドでも、その他様々な海外移住において、数年後に日本に帰る人は非常に多くいます。

私自身、マレーシアは大好きでしたがいったん去って、ニュージーランドに挑戦すると5年前に決断しました。
ではみんな現地に絶望して帰るかというと、全くもってそんなことはないのです。

日本に帰るから、他の国にいくから、マレーシア移住は失敗だったの?

やっぱりずっと現地は無理だったんじゃないの?

そのような疑問には”マレーシアで得られた語学力、異文化への理解力、挑戦を恐れない勇気が手に入った。マレーシアからさらに動くという決断はマレーシアに計5年住みやっと手に入った長い旅の過程だった”という一言に尽きます。
ニュージーランドを出ることになっても、全く同じことをニュージーランドに対して言っていると思います。

日本へと帰った現地採用組も、長く住み、いろいろ経験して初めて、日本に帰る自信や、日本で手に入るものに感謝し直す機会を得て帰る人がほとんどです。

これって、本当に世間でいう”失敗”の一例でしょうか?
私も、現地で一緒に過ごした周りの日本人も、全くそうは思っていません。

長い人生ですから、数年間の海外生活だけでこれからずっと何かが決まるわけでもないのです。

帰国後の進路がないという脅しは聞き飽きましたが、そんなこともありません。現地を去った日本人で私の知る限りそのような人は見ていません。

現地採用の末路という言葉が、ポジティブな情報と同じく多く流れていますが
末路の末端に実際にいる人間は、意外と楽しんでいますよ。

長い人生の数年間の海外生活だけで末路を語るのはちょっと早い気がします。

それでも、やってみることをおすすめする理由。

海外就職をやるかやらないかで迷っているという人には、
どんどん行けと背中を無責任に押し続けていますが、そこにもちゃんとおすすめする自信と根拠があります。

それは、”やってみないとわからないことの先に進んだ経験と勇気は絶対に裏切らない”からです。
見えないことでいっぱいっぱいの挑戦。

ネガテイブな情報もインターネットや周りのアドバイスでいっぱい受けるかもしれません。
それでも、いざやってみる本人は、意外と元気に生きているものです。

飛び出す前には知らなかった、理解もできなかったような新しい発見を繰り返しているうちに
周りの心配をよそに、本人は意外とあっけらかんとしているものです。

海外で生活してみたい理由は様々だと思います。
その様々な理由をバネに飛び出してみた経験

こんなはずじゃなかったと思うこともありますが、その中でも自分の欲しいものを現地調達してゆく過程

数年たち、帰国を含め次の選択肢が見えてくるのも
全て裏切らない大きな経験なのです。

なにより、一度現地に出てみて、考える機会を与えられ
”出来ることが増えた”から次の選択肢に進むということを経験してみてはいいのでは?と思っています。

次のステップというのは飛び出さなければ考えなかったもの。

出来ることが増えたから動く。いざ飛び出してみて合っていたから残る。現実はそれほどにシンプルなのです。

どちらにせよ、周りのコメントはどうであれ、当の本人は動くも残るもポジティブなものになっているのです。
そして、これはやってみないとわからないことが多いので、それを理由にどんどん行け!と背中を押しています。

私の場合、今はニュージーランドに住んでいますが
そもそもマレーシアの現地採用生活がなければニュージーランドはおろか世界のどこでも定職すら危うかった身分です。

現地で見て、得た全てが現在地まで運んでくれて、これはすべて必要なステップと学習だったと自信を持って言い切れます。

そして、海外に勇気を持って飛び出した皆さんは、どこに進むにせよこの道を通り、そこから両手いっぱいの経験を抱えて定住、移住、帰国を選ぶのです。

やればなんとかなる。この本当の意味は、実際にやってなんとかなっちゃうを経験してみて初めて自信になるものです
だから、大丈夫。そう思ってどんどん背中を押し続けています。

海外就職で一番大事なことは、スキルや語学力ではなく、本当に飛び出す勇気だと思います。
マレーシア就職(新卒・若手)現地採用 2.就職に必要なもの

まずは一歩。最初のステップのハードルはあげすぎず、挑戦したいと思ったら準備と勢いのバランスを見ながら挑戦することを全力でおすすめ、応援します*

※本記事は2019年執筆ですが、2023年現在も意見は全く変わらないため年数のみ修正を行なっています。

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